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2006年10月11日 (水)

教会はキリストのからだ

 週の初めに聖会(修養会)があって、web礼拝が遅れました。人数は決して多くはありませんが、毎回これを待っていてくださる方がおられます。遅れたこと心からお詫びします。火曜日の夕方に帰ってきまして、今日、水曜日の朝、やっとupすることができました。前回の録音状態は劣悪でしたが、機械を新しく入れましたので、今回は聞きよくなっていると思います。

 題は「部分は多くからだは一つ」ですが、これは、教会がキリストをかしらとする一つのからだに譬えられていることを言います。新約聖書を見ますと、キリストの教会はこの地上に一つあるだけです。人の目には多くの教会があるように思いますが、それは部分であって、からだは一つです。このことを知っていただきたいと思います。

 信仰を持っているとは言え、人間は勝手です。頭脳の通り手足は必ずしも動いておりません。そのため、キリストの教会は、キリストの意志が伝わっていない不随状態のようです。それでも生きていることは違いありません。必死にキリストの御心をなそうとしております。神さまはきっと、教会の肢体を健康にしてくださって、末の世には大きな主の御業をしてくださることを信じます。

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コメント

感謝です

投稿: amos | 2006年10月12日 (木) 14時33分

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