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2007年6月 1日 (金)

お金の不自然さ

 NHKで「エンデの遺言」という番組があったということをあるH.P.で知りました。その中に「金の価値」は変わらない、という言葉があって、不思議だなと思って考えていると、いろいろなことがでてきましたので、ここで「お金の不自然さ」について書くことにしました。

 現世は時間の流れの中で、物は朽ちる。不変のものは何もないはずだのに、「変わらないもの」があるとは何だろう。金(きん)だって素粒子の段階では微量に変化している。有機物は急速に腐っていく。プラスチックは、変化しにくいために、地球環境の邪魔になっている。現世は変わらないものがあっては困るのです。

 物価は変動するが、お金の価値はいつまでも100円は100円で変わらないという。紙幣は朽ちていく。硬貨も良く見ると黒ずんでくる。それでもお金の価値は変わらない。これは不自然ではないですか。どうしてだろうと思っていると、それは造幣局で絶えず新しくしているからであることが分かりました。

 こんなからくりがあったのか。でもこれに気づく人はほとんどいないのではないでしょうか。からくりで作られたものはバーチャルに過ぎません。バーチャルといえばコンピュータを思い出しますが、あの中は0と1で出来上がった世界であって、現実とは違います。コンピュータの画面で出したお金では何も買えません。印刷して使ったらそれは犯罪です。それはバーチャルだからです。

 バーチャルだのに現実の物が買えるのはなぜだろうか。バーチャルの価値のお金を出すと、現実の物やサービスが買えるのは、人々がみんなでバーチャルを共有しているからです。こうしてバーチャルと現実の世界を交互に行き来していることになります。

 しかし、これは考えてみると大変あやふやな現象です。人はこんな蜃気楼のような現象の上に乗っかって現実生活を送っているのかと思うと、不安でならないではありませんか。コンピュータの電源を切ると、パッツと消えてしまうように、いつか突然お金の価値が消えてしまうのではないでしょうか。

 ではこのバーチャルを出現している電源とはなんだろうか。それは人の心の中にあるようです。人の心にある欲と期待がこのバーチャルを共有することを可能にし、互いに物とサービスのやり取りをしていることになります。欲や期待がはみ出すと良くありません。バランスが大事です。金融庁がこのバランスを微調整し、警察が食み出しを取り締まってくれているために何とか保っているようですが、ボーダーレスの世界では一国では制しがたいところもあります。

 しかし、人の心は欲だけではありません。不安と恐れがあります。お金がバーチャルであることに何となく気づいている人が、不安を抱いているかもしれません。堅実さが保たれている間はいいのですが、欲の食み出しがあるために、まったく安心というわけには行きません。銀行は大丈夫だろうか。国は最後まで補償してくれるのか。不安は尽きませんね。

 人がお金だけに頼っていたら、本当の安心が得られないのは、もう経験済みではないでしょうか。確かに頼れるもの、老牧師が言えることはただひとつ決まっておりますが、お金よりも確かなものを確保したいですね。

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